卒業生・保護者の声

卒寮生記事

代表小川が20歳に初めて三宅君を受け入れ、若者支援のきっかけになった。(厚生労働省職業安定局 若者の人間力を高めるための国民会議事務局発行「きみのチカラ、みらいのチカラ」サポーターズボイス より)<PDFファイル:803KBimg_07

Aさんの卒業にあたって

img_06私はブルームに来て約4年が経ちました。 初めてブルームに来たとき、「ここでやっていけるのか!?」と思ったことを覚えています。 朝の9時に来て農作業やオークション等、慣れないことに、とまどっていましたが、色んな人達と接したり、経験を積んでいき「自分にも出来るんだ!」と少しずつ自信がついていきました。 ブルームでの生活になれてきた頃に、「高校の資格をとってみいひん?」と言われ、最初はあんまりのり気じゃなかったので断っていました。 ですが、突然願書を出され、軽い気持ちで願書を書きました。 その後、高校が決まり、勉強もし始め色んな人に勉強を教えてもらいました。 分からない問題があった時、投げ出そうとしたこともありましたがその度に周りの人達に支えられ、頑張ることが出来ました。 高校のスクーリングでは3泊4日で授業をうけに三重の賢島まで行きました。 初めての土地、知らない人達、授業をうけなきゃいけないという不安でいっぱいでしたが、同年代の人達との出会いがあって、楽しかったです。 この4年間で一番印象に残っているのは、外国の方に英語を教えてもらったことです。 日本語があいまいな人もいたため、言っている意味がわからない事も多々ありましたが、なかなかない経験だったと思っています。 外国の方には英語だけではなくその国々の文化や言葉なども教わりました。 言葉が通じず大変でしたが、ちょっとはコミュニケーションがとれるようになった方だと思います。 まだまだ持ち前の人見知りなどがありますが、自分なりに頑張っていこうと思います。 基金訓練生、サイちゃんとは短い付き合いでしたがすごく内容の濃い時間を過ごせました。 色んなことがありすぎて、覚えてない部分もありますが、結果楽しく過ごせてよかったと思っています。 ブルームで過ごした時間は楽しかったことよりも大変やったことのほうが多かったけど、ほかでは出来ない経験が出来たと思います。 この4年間、ありがとうございました。

保護者の声

四年前、ブルームに出会えて「感謝です」の一言に尽きます。 娘は小学六年生の終わり頃、学校へ行く間際になると、「お腹が痛い」と遅れる様になり、徐々に行かなくなりました。中学三年間も不登校を受け入れる語らい教室に少し通っただけで、小学校卒業式、中学校入学式、中学校卒業式にも出席せずに終わりました。 中三の冬、私の母が新聞で青少年自立援助センターブルームの講演会が、産業会館であることを知り、私の代わりに参加してくれまして、資料を持ち帰ってくれました。 中学卒業前に、初めてブルームの小川理事長と母親である私と面談していただき、娘を一度連れてきてくださいとのことでした。 そして、学校へ行かなくなった理由は本人もわからない。 そして、親として腹をくくって覚悟してください、ひきこもりの子がもがいていろんな行動に出ることなど、いろんなお話がありました。娘にブルームの話を出すと、「どっちでも」という返事で、 私は「ここから脱出したい気持ちがある」と確信し、ブルームでの娘の面談が実現し、状態で共同生活に決まりましたが、泊まりを嫌がり、理事長と毎日通うことを約束で、家からの通所となりました。 ブルームでは、前髪を顔で隠す、ガムを噛み続ける、(身だしなみのため?)カミソリを持ち歩いているなど、いろんな行動がありました。仕事の昼休み、「ブルームから脱出して、家の布団にくるまっているのでは」という不安にかられながら、家に戻っていたことを思い出します。 しかし、いつの頃からか、体調が悪くてもブルームに行かなければと言い、休むと前の自分に戻ってしまう。娘は必死にもがいていたのかもしれません。ブルームでは、小川理事長、広子さんの下でまず挨拶、時間、約束とさまざまな自立支援があり、少しの成長が見えてきた一年後、代々木高校に通信制のお話があり、高校資格は諦めていたので、私は喜びました。 娘は当初、乗り気ではないようでしたが、三年間皆様のお陰で3月10日代々木高校志摩賢島本校にて卒業式に出席することができました。 黒かグレーしか着なかった服装も少しずつ変わり、表情もどんどん明るくなりました。四年前、あのまま家にいては、今の娘はいなかったです。 3月19日、待ち望んでいたブルームでの卒業式でしたが、嬉しい半面、寂しい気もしました。様々なことがあり、理事長方々苦労されたと思いますが、本当にここまで元気に育てて下さり、娘共々感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。

M君の卒業にあたって

僕のブルームでの思い出は色々な人に出会い、色々な仕事や人と接したことです。まずは、「よってって」で焼きそば。6人で力をあわせ、焼きそばをがんばって作りました。あの時僕は焼きそばを馬鹿食いしていました。けどその時作る楽しさを知りながら売れるとうれしかったです。

農業体験や靴下加工。その時日本人ウーファーの陽さんが来て一緒に作業をしました。農業は始めまったく楽しくなく、めんどくさかったです。名前も聞いたことの無い物ばかり植え「こんなん食えるのか?」と思っていました。

日に日に大きくなり成長を見たり収穫する毎に達成感や楽しさが分かってきました。

畑にハウスを置くために砕石をまくったり笑えることばかりでした。靴下の作業は未だに慣れません。じっとして同じことの繰り返し。すごく嫌でたまにさぼったりしてました。けど、スイッチが入るとすごく手早く出来てたと思います。

そして陽さんも次に行き次のウーファーさんが決まりました。トトロさんに写真を見せてもらった時は、めっちゃギャル男やんと思っていました。それが健ちゃんでした。今では面影はありませんが昔はそう見えました。健ちゃんが来た時はほぼ毎日のように靴下作業やったと思います。畑の橋を作りました。バーナーであぶりペンキを塗り、完成の写真を三人で影で撮りました。

そして健ちゃんがいる内にもう一人ウーファーさん来てそれがQQです。三人で笑って過ごす日々が楽しかったです。 そして健ちゃんが帰りQQと二人になり少ししょんぼりしてました。

その時大きな事故を起こしいろいろな人に支えてもらい少しずつ変わりました。夏にはくそ暑いのに二号畑の草刈りや玉ねぎの収穫をして夏を楽しみました。

そして健ちゃんとトトロさんと大峰山に行きました。登るのも下りるのも大丈夫でしたが裏修行は怖かったです。そして二ヶ月が経ちウェイウェイが来て健ちゃんが帰ってきて色々毎日楽しみました。特に泉佐野まで里芋を堀りに行った時が楽しかったです。僕の友達も手伝いに来てくれ,里芋ばかり繁盛しました。

その出会いは僕にとってはとても大事な思い出です。ありがとう。そして、始めた仕事が合っていたみたいですごく毎日が楽しいです。

今まで僕に携わってくれた人にはとても感謝してます。今関わって携わっているひとにもとても感謝し、まじめにやれて良かったと思います。

まだ母ともめたりなかなか上手にいけない時がありますが素直になり少しずつ歩み寄っていきたいです。

M君のお母さんより

「青少年自立援助センター」ブルームさんに感謝します。

平成26年3月

小川理事長先生、広子さんとご家族の方々、これまで「Mちゃん」に関わって下さった皆様、本当にありがとうございました。

息子は、中三の夏休みから部活の野球が出来なくなり、楽しみを無くして友達と深夜徘徊や野宿をして家に帰らない日もあり、金髪にピアス・タバコを吸い・不登校の毎日でした。  それでも、何とか高校に入学できましたが、勉強について行けず登校しても態度が悪く、注意されると暴言を吐き、授業妨害だからと休学を示唆され通う気力も無くし自主退学しました。

その後、土建の仕事をして過ごし、再度高校受験しましたが叶わず…また生活は荒れ始め、勝手にバイクを買って無免許運転で乗りまわし、同じ境遇の少年少女が家のガレージに溜まるようになり、バイクの騒音や騒ぐ声を聞いて近所から警察に通報され、落ち着かない生活が続く中、事件を起こし私の精神状態も正常に保つことさえ出来なくなってしまいました。

初めは、息子との距離を置くために一人では帰れない遠い施設にお願いしていたのですが、担当の方が海外出張で不在のために預ける予定ではなく、小川理事長先生を紹介していただき、「ブルーム」なら通うと本人も承諾しての事でした。

これが思わぬ出会いとご縁となり、“トトロさん”とすぐに呼べそうなイメージの体型と、温かく包んでくれそうな理事長先生に会いきっと息子が馴染むだろうと直感で確信したのをはっきり覚えています。

息子にとっては、家に帰れず自由を奪われ親を憎んでいたことでしょう。  初対面の大人の人やカタコトで話す海外の留学生などボランティアの人と意味も分からず作業をすることで、イライラしていた時期をいつの間にか乗り超えられたのも、そのとき居たウーファーの陽さんに、父の様に叱ってもらい、困った時に優しく手を差し延べてくれる安心で心が解されたからでした。

それも束の間の事で、やっとブルームでの生活に慣れた頃に、陽さんとの辛い別れを経験したのが大きな転機でした。

「ブルーム」で驚いたのが、とても国際的で台湾・韓国・フランス・ドイツ…などいろんな国から日本語が話せる“ウーファー” と呼ばれるボランティアの若者を受け入れられていて、息子が一緒に作業をしている姿が不思議に思える程で、農作業だけでなく、季節の行事や食べ物、募金活動や便利屋・建築工事・パソコンでの作業等々、今後の自分につながる内容まで考えて下さり経験させていただきました。

息子も文句を言いながらも達成感を感じて、出来る様になった事を食事の時に嬉しそうに話してくれ、毎日の畑の収穫に会話も弾みました。自信を持って何かをする事も今までにない姿でした。

入所当初の険しい顔の表情や乱暴な動作も変わってきて皆が安心した矢先に…命を落としてもおかしくない大事故が起き、嘘をついてバイクに乗っていた事が分かり、また以前と同じ息子に対する不信感と憤りが強くなった時、私に「みおの会」を紹介してくださり、同じ様に悩み苦しんでいる非行やひきこもりの子供を持つ親たちの集まり、と聞き参加しました。

半年ほどブルームに通わせていましたが、家庭の事情や息子自身がバイトしたいと言い出し事もあり、ブルームには通わず仕事の帰りや土・日の行事を手伝い、休みの日に顔を出して話を聞いて頂きながらサポートしていただきました。

本日、ブルームの卒業式を行っていただけるという事は、頑張って成長した証なんだろうと有り難く思います。

最近、体を動かす仕事の楽しさやしんどさも身に染みて分かる様になった息子も、今では作業道具を買い揃える為にお金を使い、一つ一つの仕事を覚えようと、自分で起きて一生懸命に働くようになりました。

まだ一人では社会に通用しない考えの甘さがあり、これからも相談に乗っていただいたり、皆様の経験談が成長するヒントになると思いますので、よろしくお願いいたします。

最後になりましたが、「ブルーム」にご縁をいただけて本当に良かったと思います。 息子の締め切った心を開けて、アクまで落として頂いたことに感謝の言葉しか出てきません。 何といっても一番お世話になったのは、息子以上に頑固な性格の私だったと申し訳なく思っております。 ご迷惑おかけしました。

当たり前に思えますが、「家族で一緒にする食事や会話ができる様になった事」を心から嬉しく思っております。

卒業式の前夜も大喧嘩して朝を迎えましたが、起きてきた時に「おかんごめん!」と言える息子に成長してくれました。

今後とも卒業生として「Mちゃん」を覚えていて下さい。 …いやもっと先に自立した時には、ウーファーとして何処かで活動しているのを、風の便りで耳にする日が来るかもしれないので楽しみにしていてください。

トトロさん、広子さん、岡本先生、宮坂先生、お世話になった方々本当にありがとうございました。

卒業生の母より